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コラム

規制の合理性に関する悩み ―調剤業務の外注―

薬局における調剤は、今の法制度では他の薬局に外注することができない。海外では、調剤の機械化・自動化が急速に進んでおり、規模の経済を図る観点から、調剤業務の集約が進んでいる。確かに、数千万円といった装置を小規模な薬局で導入することは難しい。米国では2000年代初頭から調剤の外注が制度化されており、英国でも、現在制度改正の議論が進められている。調剤の合理化により、薬剤師が対人業務(相談など)に集中できるようになったり、機械化によりミスが減少することなどが期待されている。

この調剤業務の外注が、厚労省の検討会(薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するWG)で議論されている。私も3月の同WGで海外制度などについてご説明する機会をいただいた。調剤外注を認める方向で議論がされており、重要な制度改正の調整をこれだけ迅速に行っている厚労省の方々や関係有識者の方々には敬意を表したい。

ところが、WGで示されている「とりまとめ(案)」には、日々規制に関わっている弁護士としては、なんとも考えさせられる要件が含まれている。外注先の薬局について距離制限が設けられるというのだ。「三次医療圏内」、つまり都道府県単位で、同一都道府県内にある薬局に対してしか委託ができない方針のようである。

その理由として、とりまとめ(案)では、以下のように記載されている。
「仮に委託元と委託先の関係について距離制限を設けない場合は、委託先の集約化・大規模化が進むと考えられる。これに伴う影響としては、①拠点化による影響(自然災害等に対するリスク)や②地域医療への影響(各薬局の医薬品の備蓄品目数や備蓄量が減少するおそれ、薬局が地域から淘汰される可能性など)が懸念される」

わからなくはない、そんな気もする。でも本当だろうか。
憲法の営業の自由を学ぶときに真っ先に勉強するのが、有名な薬局距離制限事件である。薬局の開設をする際に既存の薬局と一定の距離をあけないといけないという規制が当時あった。当時の立法目的は、過当競争による経営の不安定化により不良医薬品が増えること、薬局の一部地域への偏在による無薬局地域等の発生を防ぐという2点であった。これに対して最高裁は、競争の激化→経営の不安定→法規違反(不良医薬品)という因果関係は、「単なる観念上の想定に過ぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい」として、無薬局地域の点についても、(距離制限は)「実効性に乏しく・・・他にもその方策がある」として合理性が認められない(違憲)とした。

もちろん、開設許可の場面と調剤外注の場面では、前提が異なる。しかし、規制の必要性と合理性が求められることは同じだ。「観念上の想定」に基づき規制することは許されない。
距離制限には、直感的にも多くの人が違和感を持つのではないだろうか。

まず、必要性について。そもそも外注で調剤する場合、患者はすぐに薬を受け取れない。そのため、外注する薬は、主に慢性疾患薬など、即日必要ではない薬になる。一方、風邪薬など、即日必要となる薬は外注に向かない。また、最初に処方箋を受け取るのは委託元の薬局であり、外注するかどうかも委託元が選択できる。外注が許容されるからといって義務になるわけではない。つまり、地域薬局が患者にとって不要になるわけではなく、「淘汰」されるようなことは考えにくい。

次に、合理性についても、色々な疑問が湧いてくる。
・そもそも外注に距離制限を設けた場合、当然外注しにくくなるので、機械化・自動化の推進や対人業務の増加といったメリットは大きく削がれる。自動化や対人業務増加によって最終的に裨益するのは患者であるため、患者にとってもマイナスとなりうる。
・仮に大規模に集約された調剤拠点ができた場合であっても、「自然災害等に対するリスク」がどの程度生じるのであろうか。これだけ物流網が発展している現代において、現地の薬局に在庫がないからといって薬が届かないということがどの程度起こるのか。そもそも現地の薬局も被災していたら在庫があっても供給できないのではないか。
・都道府県内に限ることで、地方部では都心部と比較して外注先が乏しく、経営の合理化が進まない。つまり、経営基盤が弱い地方部の薬局にとって、かえって競争上の不公平が生じる可能性がある。
・地域における備蓄品目や備蓄量の減少が懸案なのであれば、まずは都道府県内で一定の備蓄を確保する直接の方策が検討されるべき(地域の大規模病院には一定量を備蓄させるなど)。
・災害時の医薬品のサプライチェーンは重要であるが、そうであれば調剤拠点から各地への物流網等のサプライチェーンの確立を直接議論すべきである。その上で、他の手段よりも距離制限の方が実効性があることが確かめられなければならない。
・ちなみに、海外の制度議論を見てみても、距離制限を設けるというのは検討された形跡すら見かけない。

こうした規制の合理性に関する議論は常に難しい。最近はよくEBPM(エビデンスによる政策形成)と言われるが、外注の許容による薬局の備蓄品目の変化などを事前に定量予測することは不可能だ。しかし、規制は営業の自由への侵害である以上、確たる因果関係が想定できなければ規制をかけるべきではない。医療の安全という公共性はもちろん重要だ。しかし、かける規制が医療の安全にどうつながるかは十分に検討されなければならない。たとえ公共性があっても、その公共性に対して「どうつながるかわからないが万が一そうなったら困るので一応規制をかけておく」という規制のかけ方は不適切だ。
規制関連の仕事では、こういう場面にはとても多く遭遇する。崇高な公共性を主張すれば、規制の合理性が十分に検討されなくても規制をかけてもよいという雰囲気がまかり通る。しかしこれは憲法の軽視である。なお、こういうケースでは、背後には政治力の強い業界団体がいることが多い。

この問題は、この後も議論されていくと思われるし、定期的に規制は見直されると思われるので、今後の検討を期待したい。
本件に関わらず、規制に関わる法律家としては、「法の支配」を常に主張していきたい。

ちなみに、こうした規制の合理性の問題に対応するための新たな基盤整備として、最近思うのは以下の2つの制度基盤変革である。長くなるので詳細は今度書く。

1 各省庁ごとの実証制度の創設(既存のサンドボックスや特区制度の他に、例えば薬機法の中に実証制度を設ける)

2 最高裁による憲法照会制度を設ける(現行憲法が許容する範囲で、各省が立法作業を行うに際して、合憲性を簡易・迅速に最高裁に照会できるようにする制度。それに伴い、内閣法制局の業務を抜本的に見直す)